YaTaro文庫

読書家です。いろんな事を知りたくて、たくさん本を読んでいます。せっかくなので選書や気になることがあったら情報共有したくて、ブログを開設しました。同じ趣味の方がいらっしゃったら是非、読んでいってください。

フラット 「第3話 恋愛感情」

 僕たちは元来、何に縛られているのか。
 真っ先に考えられるのは、民族的な価値観だ。
 ニホンという国だと、言語がユニークな故に、仲間内の空気を読むコミュニケーションが上手だ。
 次に考えられるのは、伝統的道徳や倫理だ。ギリシャ哲学による人類普遍の道徳や真理を探す取り組みから見られる、普遍的価値観の追求。
 最後に挙げられるのが、産業的な価値観だ。
 イギリス発の産業革命から始まった、資本主義社会普及による、合理的な価値観。

 僕たちは、いずれの価値観もしっかりと、心に根付かせ、うまいこと綱渡りをしながら生きている。


 では、価値観はどのようにして、維持されるのか。

 民族的な価値観を守るには、単一民族国家にすれば良い。
 大きな海に囲まれたり、山脈に囲まれた盆地に国家を築くのが、移動が少なく最も簡単だろう。

 では、伝統的な価値観や倫理は?
 世界的な宗教をルールによって禁止されば良いのでは、無いだろうか?

 では、産業的価値観は?
 グローバリゼーションを辞めれば良い。
 つまりは、資本による競争を辞めれば良い。
 何にでも兌換可能な紙幣なんてものを作ってしまったから、明日の命を食いつなぐものは、隣の友人でも恋人でもなく、カネになってしまった。

 もちろん、大金を積めば、恋人も作れるし、友人も作れるし、彼女も作れる。

 本来自由である社会にルールが敷かれ、システム化されたことで、法の範囲内でいろいろできるようになったわけだ。

 しかし、その法は普段は意識をしないが、圧倒的な武力によって、保全されている。
 僕たちが喧嘩したときも、仲裁機能は働くのだ。

 そう、僕たちの社会は、絶対的な暴力装置
 上に成り立っている。

 では、もう一度、振り返ろう。

 僕たちは、感情が抑制された世界で、隆盛を迎えた世界最大の新興宗教を目の前にしているということを。


 教会の中に入ると、真っ先に目が入ったのは、何もなかった。
 普通は何かを想像するものだ。

 何か、奉っているものは?人は?と。

 しかし、誰かを模した像があるわけでもなく、何かを模した象徴的な構造物があるわけでもなかった。


 白装束を着た参列者は、一体、何に参列しているのだろう。
 何をするために、ここに来ているのだろうか。
 誰かの教示を聞くわけではなく、ただ黙々と、そこで各々自由に座り、何かを唱えていた。

 しかし、僕が驚いたのは、各々が呟いている何かではなく、参列者たちの身なりだった。

 決して、白装束を全員が着ていたから、驚いたわけではない。
 気になったのは、全員が同じスタイルをしていることだった。

 まるで、工場で出荷判定された後の製品が揃うかのように、白装束の者たちは揃っていた。

 声色は、男性のものや、女性のもの、それぞれ違いはあるが、体格に大きな差はない。

 全員がサラシを巻いたかのような平らな胸と、贅肉が削ぎ落とされた細い体つきをしていた。

 そして、全員がザンギリ頭のような短めの中性的な髪型にしていた。

 この空間で唯一ある壁に設置されたモニターからは、成すべき姿へ向けた映像が流されている。

 理法の姿に向けてのダイエット方法や、その効果の帰結として、感情が保たれる様が描かれていた。

 皆が、心の安寧を羨ましがっていた。

 そして、おそらくは白装束の中に装着されてると思われる。
 胸の周りに巻くサラシや、胴回りを矯正するコルセット。
 さらには、性行為を禁止するために鍵付きの鉄製の拘束具も宣伝されていた。

「私たちが持っている、感情にとって、一番の害悪はなんだと思いますか?」

 僕たちが呆然と、扉の入り口に立っていると、横から話しかけてくる人物がいた。

 高い声と低い声の中間の中性的な声。

「私は、本日、この建物を取り仕切っている20番と申します。当番制なので、本日のみということをご了承ください」
 その人物の会釈に合わせて、礼をする。

「さっきの話の続きって」
 僕は、気になり、その人物に問いかける。

「私は感情にとっての一番の害悪は、異性だと思っています。
 私達は、異なるせいで、お互いを求め合うのです。
 今世紀は、自らの命のために、綱渡りのような恋愛をする者は減りました。彼らは、自ら性を捨てることで、この世の感情による理から自由を得ました。」
 その人物は、白装束の仲間たちに視線を向け、話を続ける。

「なぜ、争いは、起こると思いますか?
 権益の争いでしょうか?社会体制の違いでしょうか?民族間の価値観の違いによるものでしょうか?

 難しい問ですよね。

 では、なぜ、人たちは殺戮し合うのでしょうか?
 だれもが、己の平和を望んでいるというのに。

 ひとつだけ。確かな答えがあります。

 感情があるからです。

 感情には、それがどんな色をついた感情だとしても、増幅をさせる能力が備わっています。
 愛も憎悪も等しく、平等に、増幅するのです。
 故に、私達は、芽が育たぬように日々、鍛錬をしているのです。

 お金を稼ぐには、自分の時間を払う必要があります。
 自由を求めるには、結婚を諦める必要があります。
 感情に平和をもたらすには、性を諦める必要があるのです。」

「あ、あの。お話の途中で、すみません」
 僕の隣で、その人物の話を聞いていた気まずそうにミサさんは、口を開ける。

 その言葉に、何か魔法が溶けたように、僕の脳内でもだんだんと現状が整理されていく。

 僕とミサさんの間には、僕の洋服を着たアリスの姿があった。

 感情に平和をもたらすには、性を諦める必要がある。

 対価を求める宗教。


 僕らは、アリスの洋服を今から、その人物から頂こうとしている。


 自由のためには、何かを失う。


 僕は、アリスのために、洋服をいただくことで、何かを失うのだろうか。


 そんな想いを余所に、アリスは無事に子供用の服を貰い、着替えることができた。
 そして、
 その様子を見ている僕を、置いて、ミサさんはその人物と教会の奥へ歩いていくのだった。


 *****

 20番は価格が釣り上げられるものということを知っていた。
 世の中の金持ちは、釣り上げられた価格によって、莫大な富を手にしたことを知っていた。

 お金持ちがなんで、お金持ちかというと、私たちより、世の中のことを知っているからだ。

 例えば、この教会で物販しているものや、市場で売られているもの。

 それは、この孤立した城塞都市・ジェイミーティの中の流通上の希少価値に照らされて、価格が決まるだけであって、本来、普段目の前にしている価格は市場の均衡によって変化する。

 そして、私たちは思い込む。

 目の前の情報を取り入れて、先入観を作り上げる操作によって、価値を作り上げる。


 インターネットが普及して、人のイメージは操作をすることが容易になった。
 人が取り入れられる情報には、何か意図が入り込むようになった。

 その価格は、情報を独占や寡占することによって、釣り上げられた。

 人々は気づいていない。
 自分が自ら情報の檻に入ってしまっていることを。

 私は、懺悔を行うために席に座るミサという女性を見やる。
 そして、相手からは見えない曇ガラス越しに、私は話しかける。

「今回は、何をしにここへ?」
 私は落ち着いた口調で彼女に問う。

「もちろん、懺悔をしにまいりました。嘘をついてしまったのです。」

「嘘?一体どんな嘘を?珍しいですね。最近では、自分の気持の維持をしにくい嘘という行為をする人は減りましたが」

「私たちが連れてた幼子・アリスちゃんに、私たちは付き合っていると、嘘をついてしまったのです」

「恋愛感情を持っていないのに、嘘をついたのですか?」

「はい。そうです。」

「なるほど。あなたも、懺悔をする習慣があるくらいですから、嘘が体に悪いことは、分かっているはずですよね?」

「はい。存じ上げていました。アリスちゃんの家庭が冷え切っていることを知って、何か、してあげないとと、とっさの行動でした。列車内で両親と離れ離れになったアリスちゃんに、これ以上、寂しい思いはさせたくないと思って」

「そうですか。列車内では、なぜ、アリスちゃんは、両親と離れ離れになったのですか?」

「乗客の誰かの”感情が傾いた”のです。それで、列車内がパニックになってしまい、その騒動のさなか、離れ離れになったのです」

「”感情が傾いた”んですか。最近では、あまり聞かなくなりましたが。なるほど、そうですか。」

「なにか、ご存知だったりしませんか?感情が傾くと、ヒトはどうなるんですか?」
 私はその問いを聞かれて、言葉に詰まりそうになったが、この問いかけは珍しくない。
 そう、ここに訪れる訪問者の誰がしも、一度は聞くことなのだ。

 皆を不安に陥れるものの正体。

 自らの行動に変革が生じるほどの恐怖。

 それを、皆が間違いなく窮屈に感じている証拠だった。

 もちろん、私は、感情を傾いたことの帰結がどこに行き着くのか、知らない。

 しかし、その恐怖を食い扶持にこの教会が反映しているのは、誰の目にもわかる事実であった。

 私は答える。
「ごめんなさい。私も、知らないのです。感情が傾くと、ヒトがどうなるのか」

 そして、私だけができる考察として、一つ補足を加える。

「ただ、私は、私達がつけている感情測定器は、感情測定器は、一種の可視化された社会の暴力装置だと思っています。事前に、感情の傾きを検知するからこそ、我々の行動も抑制される。
 実際に、それが、怒りであれ、愛しさであれ、哀しみであれ、その感情の出口として行われる”暴力”は抑止されている。と思っています。

 ところで、あなたの問いは、嘘についてでしたね?
 あなたは、その付き合っているといった、対象の御方に関しては、恋愛感情を抱いてはいないのですか?」

 そう、私が問うと、ミサという女性は一度、黙り込んだ。

「私は、すでに恋愛感情は捨て去りましたが、とても、気持ちが楽ですよ。
 なにも、気にせず、気持ちの裏を読み合うことなく、ヒトと向き合えています。
 性別の壁を意識することなく、生身の心と触れ合っている気がするのです。」

 そう説明をしても、彼女は黙ったままだった。

「なにか、後悔をされているのですか?
 もし、何か、後悔があるのならば。その雑念も、解決いたしましょうか?」

 そう続けて、問いかける。

 そう。恋愛が諦めきれずに、ここへ来る男女も多かった。
 広間の白装束の仲間たちもそうだった。

 一度も経験がない恋愛に対して、どう諦めがつけられるというのだ?

 私達が、この世に生を受けた理由を捨てることに、なぜ、諦めがつけられるのか。

 それは、生命の連続性・血を受け継ぐ行為に対して、冒涜をし、自分の生命を否定することに繋がるのではないだろうか。

 もちろん、皆がそう思っていた。

 しかし、21世紀に芸術が、科学に侵略されたように、今世紀は、生命が科学に侵略されたのだ。

 もはや、命は、生殖行為に限定して生まれるものではない。

 ミサという女性は、アリスという子どもが両親がいることに対して、疑いの念を持たなかったが、本当にそうなのか?

 アリスに”本当”の親はいるのだろうか?

 この教会には、”最初から”親がいない子どももたくさん訪れる。

 何の因果か。間違って、生まれてきてしまった子どもを助けてきた。

 もしかしたら、自分の子どもかもしれない彼らを。

 私達は、命の連鎖の断絶という罪深い行為の一端を担いながらも、精子卵子バンクに、まるごと提供をしている。

 そんな矛盾を抱えながらも、世界は維持され、回り続けている。

 そんなことを考えていたら、ミサという女性が口をひらいた。


「後悔。未練がないといえば嘘になります。人を好きになるのがどんな気持ちかわかりません。なにか、見えない力に引っ張られるように夢中になってしまいそうな自分も怖いんです。なにかをきっかけに、その見えない糸が切れたときに、自分は反動でどうなってしまうのかと、考えると怖くなります。」

「見えない力ですか。。そうですね。私から一つ申し上げるとすれば、見えない力を感じたときに、逆の力を働かせることをオススメします。
 程よい距離感を、掴んで、自らコントロールできるようになれば、恐れなくても大丈夫です」

 私は、そう回答し、腕時計を見た。

 すでに数十分経っているのが確認でき、私は彼女に告げる。
「そろそろ、終了と致しますか。」

「はい。ありがとうございました。」
 ミサという女性は、なんだか煮え切らない様子で、お礼を言った。

 難しい問いですよね。
 あまり、考え過ぎは禁物ですよ。
 いいですか。不安を感じたら一度距離を置くことです。

 私はそう言って、ミサという女性に、アリスという子どもが着るようの服を渡した瞬間、私の網膜に直描されている感情測定器が点滅した。

 驚いた様子のミサという女性と目を合わせると、お互いがお互いに感情測定器の反応を確認した。

 誰かの、感情が”傾いた”

 *****
 教会の入り口である広間からは、叫び声が聞こえ、事態は一刻を争っていた。
 人々が逃げる足音と共に、男女の声が入り交じる。
 先程まで、懺悔を聞いてくれた白装束の20番さんは、胸から血を流して倒れ、私の目の前には、騒動の張本人と思われる。
 黒髪のパーマがかかった体格の良い男が、刃物を片手に懺悔室の出口に立っていた。

 私が、先に出ていたら、間違いなく私が殺されていた。

 今までに経験したことがないほどの、心拍数に襲われる。

 アリスちゃんは。

 マサトさんは、無事だろうか。

 自分の身の危険よりも先に、二人のことが心配になる。

 そして、呼吸をする瞬間にも、自分の逃げ場を考える。
 個室になっている人が4人入れるほどの懺悔室。
 出口は、一つだけで逃げ場はない。

 出口に向かうには、この男をくぐり抜けなければならない。
 そして、こちらに向かってくると思われる男に対応するには、自分はなにも身を守れそうなものは、持っていない。

 5往復ほどの思考がタイムリミットだった。
 男は、刃物から血が垂れる様子を観察することに飽きると、私に視線を向けた。

 次は、私の番だ。


 そう。男の動きから、悟った。

 男は、人を刺して落ち着いていたところに、また拍車をかけるように呼吸を荒くし始める。
「はぁ。はぁ。はぁ。はぁ。はぁ。はぁ。」

「はぁ。はぁ。ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、」

「ハァ、ハァ、ァ、ァ、ァ、ァ、」

 男の呼吸はどんどん荒くなり、私の網膜に映し出される、感情測定器のアラームも点滅状態から真っ赤な状態に変化する。

 そして、一歩ずつ。

 一歩ずつ。

 男は、私に向かって、足をすすめる。

 震える刃物を握り直して、男はつぶやく。

「俺は、今、自由を手にしている。だれも手に入れなかった自由を」

 壁ドンできるくらいの距離まで、男は、私と距離を詰める。

 男の呼吸音が聞こえる。
「ァ、ァ、ァ、」

「お前の今、感じている恐怖は、どちらに傾いている?」
 男は、そう言って、私の喉元に刃を向け、そっと顎に平たい部分を当てて、なぞる。

「俺は高揚感を初めて感じている。生まれて初めて。細胞と細胞がくっついて、生まれて、何も感じなかった俺が。高揚感を感じている。

 これが、人間なのか。


 これが、ヒトであるということなのか。

 教えてくれ。お前の感情は。恐怖は。どうなっているのか。

 早く。早く。

 早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。早く。


 はああああぁぁぁぁぁぁぁやク。オシエロおおおおおおおォォォォ」

 男の叫び声は、ゲームがフリーズしたときのように、狂い。
 雄叫びを上げて、目を充血させて、刃物をもう一度、振りかざした。


 瞬間。

 男が、振り下ろそうとした瞬間。
 男の頬が膨れたと思うと、次は、肩、二の腕と脈々と伝わって、刃物を握る指先に向かって、筋肉、皮膚組織と思われるものが、一気に膨れ上がり、破裂した。。

 

「え。」
 私は、その様子に絶句する。

 突然、男が飛び散ったのだ。

 何が起きたのか、理解ができなかった。

 男の洋服が無残にも、血まみれの床に脱ぎ捨てたかのように散乱している。

 どうして。

 感情が傾いたから?

 床に倒れている白装束の20番さんに視線を向ける。
 すでに、胸を膨らませるような仕草はなく、体を硬直させていた。

 そして、さきほどの20番さんの会話を思い出す。

 ”私も、知らないのです。感情が傾くと、ヒトがどうなるのか”

 私は視線を落とす。

 私は、知ってしまったのだろうか。「感情が傾くと、ヒトがどうなるのか」

 

 

 

フラット 「第2話 迷子」

 後ろの席の方から、乗客が押し寄せてくる。
 網膜に描写される拡張現実の感情センサーは、視界の隅の方で警告のアラートを発していた。

 何人もの乗客が、奏でる足音は、僕の席を通り過ぎる。

 7両編成の列車のどこで、事件が発症したのかは、定かではなかったが、少なくとも2両分くらいの人数が、列車の号車間を移動していた。

 何か、事件や事故が起きたとき、真っ先に防ぐべきなのは、災害の大元ではない。
 二次災害だ。

 そのことを、僕達は数々の災害で学んだ。

 江戸の大火から、平成の大地震まで、僕達の祖先が、その教訓を伝えてくれた。

 走らない乗客。

 おはしもに忠実な乗客はまさに、僕の席の脇を通り過ぎる。

 他の誰でもない、自分の身を一番に考える彼らは、感情の揺れ動きを、徹底的に抑えつける。

 自分も慌てたり、怖がったり、平常心を崩せば、感情が傾く。

 その恐怖は、眉間にシワを寄せて、淡々と歩く乗客の表情が物語っていた。


「あっ」
 僕が向ける視線の片隅で、歩く乗客の中で何かに躓き、転んだ子どもがいた。

 大名行列の真ん中で転んだ子どもに向かって、無慈悲に乗客が押し寄せてくる。

 まずい、僕は、慌てて大名行列に身を乗り出し、子どものもとへ足をすすめる。
 僕が、その子のもとへたどり着く間にも、子どもの足は無数の大人たちに踏みつけられ、時折、乗客たちは表情を一つ動かさず、堂々と子どもの身体を無残に踏みつける。
「痛い。」
 子どもは、思わず身体を丸め、か弱い手足を守ろうとする。

 僕は急いで、子どもに駆け寄って、子どもが波に呑まれないよう乗客の波を遮る。
 コツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツコツ

 革靴で列車の床をかき鳴らす音が響く車内で、僕はうずくまっている子どもに声をかける。

「大丈夫?」
 大きなピンクのリボンを後ろ髪につけて、髪をまとめていた女の子は、僕の方を振り向き、助けを求めるように僕にしがみつく。

 満員電車で乗客同士が押し合っているかのような状態の狭い通路から、逃れるために、僕は、女の子を抱き寄せ、一歩ずつ前に、歩き進める。

 そして、女の子が倒れていた場所から、一番近い、昨夜会った知り合いのもとへ避難をした。

「ふぅ」

 

「うわっ、どうしたんですか」
 ミサさんは、僕の様子と、連れてきた女の子を見て、動揺する。
 そして、すぐに、女の子の真っ白いワンピースがしわくちゃになり、踏みつけられた痕跡を確認すると、土汚れをはたくように、きれいな手を伸ばして、優しく女の子の洋服に触れた。

「ううっ」
 女の子は、目を潤わせて、ミサさんを見つめる。

 ミサさんは、その様子を確認すると、ハッと気づいたように、女の子を抱きしめ、背中をさする。
「駄目だよ。駄目だよ。泣いちゃ。感情が傾いちゃう。」

「ううっ」
 女の子は、必死に、自分の感情を抑えようと我慢する。

「痛かったよね?痛かったよね?」
 ミサさんが、そう言うと、女の子は必死に、うんうんと頷く。

 ミサさんは、踏みつけられた場所の周辺を優しく撫でる。
「痛くない。痛くない。」
 女の子を見つめ、目を背けずに、安心させるように務める。
 しばらく、落ち着かせるように、女の子の背中をさすっていると、次第に女の子の感情の揺れが収まっていき、体が痛みに反応することで起きる痙攣も収まってきた。

 女の子は、ゆっくり息を吸うと、ミサさんを見上げて、つぶやく。

「お母さんは?」
 女の子は、落ち着いたのか、状況を把握し直し、周囲の変化を再認識する。

「お母さん。。」
 女の子は、落ち着いた車内の通路に出て、寂しそうに周囲をキョロキョロと探す。

「いない。どうしよう」
 6歳くらいだろうか。僕は、両親を探すための手順を考える。

「名前を聞いても良いかな?」
 僕は、女の子の視線と合わせるために、床に膝をついて、声をかける。

 女の子は、まっすぐ僕の目を見つめると、勇気を出すためか、一度視線を落としてから再び僕を見つめて答える。
「アリス」
 小さな声で、ぼそっと、名前を口にする。

「そう、アリスちゃんって言うの。かわいいお名前」
 ミサさんは、僕と会話しているところを割り込むようにして、アリスを元気づける。

「じゃあ、アリスちゃん。これ握って」
 そういうと、ミサさんは、胸にぶら下げていたペンダントを首から外し、アリスに渡す。

 ミサさんがそうして、アリスを落ち着かせているのを確認すると、僕は、列車内に目を向ける。

 

 後方から押し寄せていた乗客は、既に前方に移動しきったようで、前方の社内からもざわつく声が聞こえる。

 おそらく今、探しに行っても、見つけるのは、ほぼ不可能。
 しかもアリスの両親は、僕が助け出したときに、一生懸命、この子を探していなかった。声すら、上げてなかった。

 そして、風景が流れる窓を眺めて、推測する。
 混乱した乗客は、降りることができず、しばらくすれば、元の席に戻るはず。
 そのときに、一緒にアリスの両親を探すことにしよう。

 ミサさんが、アリスに両親の名前や、座席を聞き出しているのを横目で確認をして、ミサさんに声をかける。

「僕は、後方に戻って、何が起きたのか、確認してきます。一旦、状況が落ち着くまで、アリスちゃん見て頂いても大丈夫ですか?」

「はい。大丈夫です。何が起こったか、分かりませんが、マサトさん。十分に気をつけてください。」
 ミサさんは、僕と同じコンタクトレンズを付けているのか、網膜の左下が赤く点滅しているのが確認できた。

「ありがとうございます。助かります」
 僕は、ミサさんと目を合わせて、お互いの役割を確認するように頷くと、事件現場へと赴いた。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 現場には、数人の人だかりがあった。
 シルクハットをかぶったスーツ姿の紳士や、上流階級の華やかなドレスを身にまとった女性達。
 他にも、軍服を着た兵士が数人と、後方車両の担当をしていると思われる官帽と制服を着ている車掌さんがいた。

 そして、全員が、床に落ちた赤い血痕に目を向けていた。

 ゴクリと息を呑む音が聞こえる。
 普段見ない血の跡に、みんな冷や汗を流していた。

 僕が駆け寄ったときには、拡張現実が発しているアラートは収まっていた。

 現場では、全員が感情測定器を身に着け、もう過ぎ去った危機ということを自覚する。

 

「いったいなにが」
 緊張の糸が解けたように、ある紳士は、口を開く。

 紳士はしゃがんで、まじまじと血痕を観察する。

「これは、一体誰の血痕なんだ?」と。


 そして、周囲の野次馬に声をかける。
「だれか、現場を見ていた人は居ないか?」と。


 コツと一回、ヒールが床を叩く音が聞こえる。
 動揺して、後ろにたじろいだ時に発された音だった。

 そして、静かに息を吸うと、いきなり声を荒らげる。
「ワタシ。見てましたわ!」

 ほんとですか?お嬢さん。と、紳士が聞き入る前に、割り込むようにベラベラとお嬢さんと呼ばれた女性は話し続ける。

「ワタシも朝、目を覚ましたんです。」
 私も?僕は、言葉尻に疑問を感じる

「皆さんは、感情測定器のアラーム音で目覚めたと思うんです。
 でも、

 私は、違いました。歯の。

 歯の凄まじい。。
 歯ぎしりの音が鳴り響いて、そして、爪を噛んでいる音で目が冷めました。

 知っていますか?
 爪は噛むと、割れる音がなるんです。
 ポキ、ポキって。


 ああああああああ、気持ちわるい」
 お嬢さんと呼ばれた女性は、その言葉を吐露するために、ここに来たのだろう。
 自分の頭の中に、留めていることに耐えられないのだろう。

 お嬢さんと呼ばれた女性は、苦悩に満ちた表情で、耳を塞ぐ。
 そして、
 早く忘れたい。早く忘れたい。とボソボソつぶやいていた。


 そして、彼女の苦悩をよそに、隣の紳士は、彼女に質問を投げかける。


「その男が、感情が傾いた本人ですか?」
 紳士は立ち上がり、彼女に質問を投げかける。

「いえ、わかりません。」
 彼女は、手持ちぶたさに、両手で自分の耳にこれからつける予定のイヤホンを触りながら答える。

「もう気持ち悪くて、、、、目を閉じていましたから。分かりません」

 感情測定器は、イヤホンと連動し、耳に割り込んでくるが、ここにいる乗客は全員、イヤホンをつけていたせいで、事件の真相は何も把握していなかった。

 僕は、一歩引いたところで、周囲を確認する。

 後ろから2号車目が事件の起きた場所。
 1号車と2号車は連結されているために、すこし、スペースを確保している領域がある。その床に血痕は付着していた。

 2号車の1号車よりの窓。
 血痕の近くの窓は一つだけ、空いていた。

 人が顔を出せるような空間を窓が作り出していたが、
 本人がここから、飛び出したのだろうか。

 そのまま、乗客に紛れているのかは、わからなかった。


「感情が傾いたら。人はどうなるの?」
 さっき、感情を消化するように吐露した彼女は、その勢いのまま、皆が一番気になることを口ずさむ。


「。。。」
 彼女が言い放ったその言葉に、僕を含め、全員が口をつぐむ。

 


 そう。だれも、見たことがないのだ。

 

 僕らは、何も結論を出すことができずに。
 もやもやした気持ちを抱えるまま、自分の座席に戻ることにした。


 肩を落とし、そろそろと、自分の席へ戻る乗客。
 まるで、この煮え切らない気持ちを抱えて、何時間も旅をするのが、死や恐怖よりも苦痛ということを自覚しているようだった。

 もう一度、僕は窓の外を眺める。
 窓の外には、昨夜と同じ、砂漠地帯が広がっていた。

 こんなところで降りても生きていけるはずがない。

 こんなところで降りる目的がわからない。

 こんなところで降りれるのか。列車はそこそこの早いスピードで走っているのに。

 僕は、ため息をつく。

 紛争地帯に着くまで、ゆっくりできるのかと、思いきや、とんだ災難に巻き込まれたと。

 それにしても、感情が傾いた本人は、一体、どこに行ったのだろう。。。。

 

 4号車目に移動をすると、先程まで、一緒にいた二人がじゃれ合っていた。
「くすぐったい。もう」
「こしょこしょこしょ」
 二人の声が、4号車の室内に楽しげに響いていた。

 ミサさんの席に着くと、アリスがミサさんの横に座り、ニコニコじゃれ合っていた。
 アリスは、ミサさんの着ている真っ白なニットワンピースの上から、脇のあたりをくすぐっている。
 ミサさんは、くすぐりに耐えようと、体をよじらせて、笑いを堪えていた。

 声をかけて良いものか、考えたものの。
 このまま、アリスの相手をさせていては申し訳ないと思い、ミサさんに声をかける。

「事件現場、見てきましたが。すいません。何も情報つかめずでした」

「そうでしたか」
 ミサさんは、僕の方を振り向くと、お返しにアリスに向けていた手を止めて、返事をする。
「今、乗客の皆さんは、バタバタしているので、なかなか見つけづらいと思います。
 次に着く駅で、大半の人が降りるでしょうから。そのタイミングで駅の出口に先回りして、アリスちゃんの両親を探しましょう」

 ミサさんが頷いたことを確認して、僕はまた、窓を眺める。
 太陽が、周囲を照らし始めたばかり。
 今は朝。着くのは、おそらく昼頃。

 このまま、ミサさんに、面倒を見ていただくのも、気が引けるので、僕は、アリスに声をかける。

「お兄さんの席に戻ろうか。ちょうど、僕の隣の席開いてるから、そこでゆっくりしよう?」

「えー」
 アリスは、席に座ったまま、立ち上がろうともせずに、ゴネる。
 僕の顔を見ると、頬を膨らませて、嫌だと言う。

「でも、ほら、お姉さんも、きっと次の駅まで着くまでゆっくりしたいと思うし」
 僕は、想定外の反応に、慌てて答える。

 ずっと、子どもに接することがなかったせいか、こんなときにどうすればいいのかわからない。

 僕は、アリスの嫌がる顔を見て、悩む。

「ほら、行こう?」
 結局、アリスの腕を握って、引っ張ることしかできなかった。

「嫌だ。お姉さんと一緒がいい」
 アリスがそう言うと、隣でミサさんが笑う。

「私が面倒見ておきますよ。マサトさんは、ご自身の席に戻って、ゆっくりしていてください。」
 ミサさんは、僕にそう言って、気遣う様子を見せると、アリスの方を見て、ニッコリ笑う。

 アリスは、ミサを見て、ムッとする。
「嫌だ」

 そんな返答にミサさんは、思わず僕の顔を見て、眉毛を上げて、困り顔をした。

「じゃあ、置いてる荷物片付けるので、マサトさんもこちらの席でゆっくりしていってください」
 ミサさんは、そう言うと、自分の広げている荷物を片付け始め、頭上にある荷物収納用の棚にしまった。

 そして、結局。
 二人席にミサさんと僕が席に座り、アリスは、僕の膝の上に座るという形で落ち着いた。

 


 ゴトゴト、列車が線路を滑走する音が、耳に入る。
 なんだか気まずい。

 僕は、ミサさんのことをチラッと見ると、ミサさんも自分の膝下に目線を傾け、手持ちぶたさに、自分の指をつねっていた。

 昨日の夜は、オレンジ色の炎に照らされて褐色がよく見えてた肌も、今日は真っ白い綺麗な肌が僕の目に映っていた。

 端正な顔立ち、横から見ても、きれいに見える。口元の赤いリップがなんだか、色っぽい。

 そんなに、ジロジロみるもんじゃないと、僕が自分の気持をいなしていたところに、アリスの声が聞こえる。

「ねぇねぇ。お兄さん」

 そして、無邪気にアリスは、後ろにいる僕を見上げて、興味津々な表情で言った。

「お兄さんたち、付き合ってるの?」

 しばらく、沈黙が流れる。

 もしかして、アリスにはそう見えていたのか?
 僕は、突然の質問に驚きつつ、慌てて、否定しようと口をあける。
 っと。その前に僕の言葉を遮る声があった。


「つ、付き合ってますよ」 
 ん?
 僕は、返事の違和感に、隣りにいるミサさんにすぐ顔を向ける。
 ミサさんは、悩ましい表情を浮かべながら、アリスに答えていた。

 えー。
 僕は口には出さずに驚く。いいんですか。あなたシスターなのに。
 そんなことを、考えながら、あたふたしていると。

 ふっと、僕の耳に、ミサさんの吐息がかかる。
 そして、聞こえないくらいの吐息が混じった声でこう言った。
「合わせてください」

 ミサさんは、アリスに気づかれないように、僕に耳打ちをする。

 あー。うーん。そうだよ。
 僕はどぎまぎしながら、ミサさんの話を合わせる。

 

「じゃあ、ちゅーしたりするの」
 アリスは、無邪気にミサさんに質問をしている。

「えぇぇぇ、それは。。。」
 ミサさんも、思わないカウンターパンチに狼狽えている。

 そして、急な出来事に、思わず、ミサさんは耳を真っ赤にしていた。
 どうするんですか、ミサさん!!
 僕は、心の中でそうツッコミながらも、さきほど、目にしていた。
 赤いリップを塗ったミサさんの唇に視線が移り、なにやら、変なことを考えてしまう。


「し、しないよ」
 否定した。

 ミサさんは、意を決したように、そう答えた。

「そうなんだ」
 アリスは期待はずれの回答に肩を落とす。

 そして、僕の膝に乗りながら、足をぶらぶらさせて、話し出す。

「アリスのお父さんとお母さんも全然、仲良くないんだ。
 いつも、全然、仲良くなくて。好き同士なのにチューもしない。見たことないんだ」
 そして、一拍間を置いて、もう一言。

「アリスに笑いかけてはくれるけど、お母さんはチュー、してくれない」
 アリスは、寂しそうに俯く。

 寂しそうにするアリスを見て、ミサさんはアリスの手を握って答えた。

「おいで」
 よいしょ。
 そんな、声と一緒に、ミサさんは、両手でアリスを持ち上げて、自分の膝の上に乗せて、強く抱きしめる。


「お姉さん、温かいね。」
 アリスは目をつむり、そうつぶやく。
 ミサさんは、アリスの頭に顎を載せて、うん、と頷く。

「お父さんとお母さんきっと、見つかるから。」
 大丈夫だから。そう呟いて、もう一度、ミサさんはアリスの存在を確かめるように、抱きしめた。

「お姉さんの名前教えて」
「ミサだよ」
 アリスは名前を聞いて、ニコッと笑う。
「じゃあ、これから、ミサって呼んでもいい?」
「もちろん」
 ミサがそう、心地よく返事をすると、アリスは満足そうな表情を浮かべた。
 そして、ミサさんが横にいる僕の顔を見つめる。

「アリスちゃん。お兄さんの名前は、マ・サ・トだよ」
 ミサさんに呼び捨てされて、ドキッとする僕をよそに、アリスは意地悪そうに答える。


「お兄さんは、お兄さんのままでいいや」

 アリスは僕の方を見て、ニヤリと笑った。

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あとで、街に着いたら、懺悔します。嘘ついたこと」
 僕の膝の上で、疲れていて寝ているアリスを見てミサさんは言う。

「あの、すいませんでした。なんだか、ご迷惑をおかけするようなことになってしまって」
 ミサさんは、僕に対して、頭を下げる。
 気にしていませんから。と僕が、思わず返事をすると、
 ミサさんは、そうですか。それはそれで。
 と、歯切れの悪い回答をする。

「あのときは、この子に、失望感を与えたくなかったんです。嘘ついたこと。
 生まれて初めてなんですけど、どうしても、アリスちゃんに笑っていてほしいなって思ってしまったんです」
 ミサさんは、アリスの寝顔を見て、よしよしと頭を撫でる。

 アリスは、すやすや寝息を立てて、僕にしがみつくように寝ている。

 さっきの、初めて見せた意地悪そうな顔が、嘘のように思えた。
 ずるいよな。こんな可愛いなんて。

「僕は、凄いなと思いましたよ。誰もが、我が身を優先して、逃げ回っているんです。そんななかで、自分の教示に反しても、目の前の大切なことに目を背けずにいる。素敵です」
 僕はミサさんの言葉をフォローするように声をかける。

「ありがとうございます。そう言っていただけると、少し気持ちが楽です」
 ミサさんはクスっと笑った。


 窓の外を眺める。
 ずっと、慣れ親しんでいた砂漠地帯から、大きな城壁に囲まれた街が見えてきた。

 次に着く街は、ジェイミーティと呼ばれる。砂漠の大地の上に建てられた城塞都市。

 一日走り続けた列車は、ようやく、補給のための都市に入ることができた。

 照りつける日光を遮るようなドーム状の駅中に入ると、そこは、無人駅になっていて、乗客が降りるためだけのゲートが数台設置されていた。

 僕は、ミサさんとアリスに声をかけ、今朝、会った車掌さんに事情を話し、駅の出口のフラッパーゲードの前で、両親が通り過ぎるのを待つことにした。

 車掌さんは、今朝の騒動を踏まえ、フラッパーゲートを一つだけ使用すると、乗客に説明し、監視をするように、一緒にフラッパーゲートで通りすがる人並みを見つめていた。

 この列車には、様々な人が乗っていた。
 年齢で区分しても、幅広く。
 身分で区別しても、幅広く。
 人種で区別しても、幅広く。
 職種で区別しても、幅が広かった。

 まるで、世界を旅行したあとのような、気分になりつつ。
 紛争地帯へ、向かう列車が、一体何を、運んでいるのか。
 ふと、疑問を感じた。


「お母さんとお父さん。いる?」
 横にいるミサさんは、アリスに声をかける。

「ううん。。まだ」

 アリスは、じっくり、見逃すまいと凝視している。

 どんどんどんどん、人通りが少なくなっていく。

 そんな状態に、僕もだんだん心細くなっていく。

 本当に、見つかるだろうか。
 本当に、列車内にいるのだろうか。
 もしかして、なにか事件でも巻き込まれたのか。

 別の車掌さんが、列車内からこちらに走ってきて、こう告げる。

「乗客の皆さんは、これから清掃ですので、全員、外に出ていただきました」
 聞きたくなかった。

 僕は、どんな表情をすれば良いのか。困惑する。

 列車内で迷子。スクリーニング検査をしても、乗客で両親らしき面影はない。

 アリスの僕の手を握る力に力が入る。
 微かな、震えが伝わってくる。

 まだ小さい子が、目にする現実にしては、残酷すぎる。

 ミサさんが、フォローをするようにしゃがんで、アリスに声をかけようとすると、アリスは、呟く。

「全然、涙が出ないの」

 え、ミサさんが聞き取ろうと、身を乗り出すと、アリスは答える。
「お母さんとお父さん、居なくなっちゃったのに。不思議と心が、悲しんでくれないの」

 アリスはミサさんに抱きつく。

「転んで、痛いのは痛かった。踏みつけられて、泣きそうなくらい痛かったのに。
 お母さんとお父さんが居なくなったのに、全然、心が痛くならないの」
 アリスはミサさんの胸に顔を埋める。

「お母さんとお父さんが、私にくれた優しさが、なくなって、寂しくなると思っていたのに。ならないの。自分が、なんだか、空っぽみたいで。嫌だ」
 アリスは、突如直面した、自らの心の空虚さに嘆いていた。

 気づけば、もう、駅にいる乗客は僕達しか、残っていなかった。

 僕は、気分を変えようと声をかける。

「アリスちゃん。気分転換に、僕達も街に行ってみようか。きっと、面白いものたくさんあるよ。列車は数時間は、ここでメンテナンス作業に入るはずだから、ぶらぶら歩いてみよう」
 うん。アリスは、ゆっくりミサさんの胸元で頷くと、僕達の手を握りながら、駅の構内を出た。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 雪は降らないこの街は、気温差が激しく、平均気温は冬の寒さ、夜は零度以下になるという寒さだった。

 

「これ、かわいい」
 ミサさんが、出店が並んでいる商店街で、アクセサリー類を見て、楽しんでいる最中に、アリスは、つまらなそうに、ミサさんの横顔を眺めている。

 そんなことが、わかりきっていても、僕もどうやって、楽しませてあげたら良いのか。検討がつかなかった。

 ミサさんは、そんなこと気にせず、目の前のアクセサリーに心を踊らせている。

 ミサさんが、小さなイヤリングを手にして、耳につけて僕に見せる。
「どう思います?」

「に、似合っていると思いますよ」
 僕は、なんだかぎこちない返事をしてしまった。
 が、覗き込むように、僕の顔色を伺うミサさんは、嬉しそうにニヤける。
 三日月型の金色のイヤリングを耳につけて、店に置かれている手鏡で確認をすると、ミサさんは満足そうに頷く。

「つまんなーい」
 アリスはミサさんの楽しみ方がまだ分からないようだ。

 そして、店の外にあった池に走っていき、手で触って冷たいと叫ぶ。
「ほら、見て!割れないよ!」

 ぎゃはははと、恰幅の良い笑い声が聞こえる。

 

 女性二人の興味を向けるギャップに驚きを感じながらも、僕は、池で跳ねるアリスに向かって叫ぶ。

「あんま、跳ねると、氷割れちゃうから、気をつけろよ」
 僕の声に、お会計を済ませている途中で夢中だったミサさんも、アリスの方を振り向く。

 あ。ミサさんが振り向いた頃には、遅かった。

「うわ」
 そんな声とともに、氷は静かに割れて、アリスを池の中へと引きずり込む。

「おい」
 思わず、僕はそう叫んで、アリスのもとへ駆け出す。
 商店街の出店の間の石畳の地面に滑りそうになりながらも、なんとか、落ちた池へとたどり着く。

 そして、全身が水で浸かってしまったアリスを僕は、急いで引き揚げた。

「ううう。ささささ寒い」
 アリスの白いワンピースも上から羽織っていた温かいダウンジャケットもびしょびしょに濡れた状態で、アリスは白い息を吐く。

「馬鹿だな。唇、青いじゃん」
 僕は、そう言って、すぐに自分の上着を脱いで、アリスの体を覆う。

「大丈夫?」
 ミサさんは、僕の後を追うように、駆けつけてきて、アリスの様子を見る。

「寒い」
 アリスは、濁声で、凍えながら話す。
 真っ青な唇を見て、僕は嫌な予感を感じる。


「ちょっと、ミサさん手伝ってくれませんか」
 僕は、周囲を見渡し、風が通らないコの字の路地を見つけると、そこに二人を連れて行く。

「ミサさん。ちょっと、今、着られている上着で、僕達のこと隠しといてもらえますか」
 ミサさんは、頷くと、僕達が見られないように、上着を広げて、アリスを隠す。


「アリス。全部濡れちゃって寒いだろ。」

「ううう。寒い」
 アリスはガタガタ震えている。

 僕は、長期の外泊用に持ち合わせていたリュックを降ろし、衣類を取り出し始める。
「どこまで、濡れた?」

上着と、ワンピースと靴と」
 途中まで、言ったところで、アリスは恥ずかしそうに、口を噤む。

「中までは、大丈夫だったか?」
 僕は、衣類をどこまで、出せばよいのか、迷いながら、アリスに質問する。

「ううん」
 アリスは僕と目を合わせると、可愛い瞳を背ける。
 そして、言いづらそうにそっぽを向いて、ミサの名前を呼ぶ。

 僕達の姿を両手を広げて、隠してくれてるミサさんは、こちらに振り向き直り、まだアリスが洋服を脱いでいないことを確認すると、アリスの元にかけよって、耳打ちに応じる。

「パンツも濡れちゃった」

 あぁ。とミサさんは、頷くと、続けて、僕に耳打ちをする。

「マサトさんの下着もお借りして、宜しいですか?私、列車の中に荷物置いてきちゃってて」

 やっぱり。。

 僕は、頷くと、自分の洋服と下着を出して、ミサさんに渡す。
「これ、アリスに着せてあげてください。」

 マサトさんの下着。
 ミサさんは、顔を赤くしながら、はい。と頷く。

 僕は、ミサさんの丈が長い上着を借りて、ミサさんと役割を交代する。
 僕が、路上の方を向いて、上着を広げていると、後ろから声が聞こえた。

「ありがとう。ミサお姉さん」
「ううん。それより、寒くない?私より、マサトさんにあとでちゃんとお礼言うんだよ」

 カサカサと、洋服に腕を通す音が聞こえる。
「あったかい。」

 良かった。ミサさんのホッとする声が聞こえる。
「お兄さんの香りがする」
「ほんとだ」
 二人の笑い声が聞こえる。

「もう大丈夫ですよ」
 ミサさんの声が、聞こえ、僕が振り向くと、僕の洋服の袖をまくって、自分の身長と合わせているアリスの姿があった。

 うーん。そう言いながら、アリスは、ズボンの裾をまくっては、ずるずると、下がるを繰り返している。

 なんとか、自分でどうにかしようと、可愛い顔の眉間にシワを寄せて、苦戦しているようだった。

「ズボンの袖、捲くるのは難しいと思うから、靴も濡れちゃったし、おんぶするよ」

 僕はそう言うと、アリスに背を向けて、乗ってくるのを待つ。

 ズシっと、人一人分の重さを感じると、僕はゆっくりと立ち上がった。

「この街にも教会があると思いますので、そちらに向かいましょうか。たぶん、子ども用の服も配っていると思うので」
 ミサさんは、そう言うと、僕のリュックを代わりに背負って、一緒に歩き出す。

 

 レンガ造りの町並みが、少しばかりか、日差しに当たって、明るく見える。
 アリスの重みを背中に感じながら、ふと、余計なことを考えてしまう。

 どこまで、面倒を見れるだろう?

 アリスの両親は、見つからなかった。
 僕が、これから向かうのは紛争地帯。

 どこまで、一緒に居てあげられるのだろうか?

 お兄さんのままで、いいや。とニヤついたアリスの笑顔を思い出す。

 僕は、向かう先で、この笑顔を奪ってしまうこともあり得る。

 そして、もう一度、列車に戻ったら、両親を探そうと思い直し始める。
 そんな僕の思考を遮るように、アリスの声が聞こえた。

 

 

「ありがとう。マサト」
 僕の耳元で、アリスは、ふふっと可愛げに笑った。

 

 

 

 

 



フラット 「第1話 感情が傾く」

 月明かりが差し込む暗い夜に、鉄道を走る列車の音だけが、周囲に響く。

 列車と言っても、そんなに騒がしい音を鳴らしてはいない。
 従来のように動力である石炭で動いているわけではないこの列車は、地面から供給される電力で動いている。
 音として存在するのは、モーターの駆動音である高周波成分と、列車の車輪を回す機械的なリンク機構が回す摺動音だ。

 車内は、乗客が眠りにつきやすいように、明るい照明ではなく、暖色の温かみのあるLED照明と、木目調の内装が落ち着きをもたらしていた。

 環境問題の観点から、プラスチック樹脂部品を無くした列車は、従来のように石油由来の製品ではなくなり、純粋な木造になっており、人間にとっては、無機質ではない温もりが感じられた。

 植えれば、元通りか。

 僕は、そんな大言で語られたスローガンを口にして、手触りの良さを確認する。

 もっとも、樹脂部品が木造に置き換わったのは、環境問題の他に、重大な心に及ぼす問題が大きく、取り上げられていたのだが、そんなことまで、言うのは野暮なので考えるのをやめる。

 車窓の外に目を向けると、砂漠地帯に点々と太陽光パネルが設置されているのが確認できる。
 点々としている太陽光パネルの間には、太陽光パネルが取り除かれた痕跡がある。

 エネルギー分散システム

 廉価版太陽光パネルを用いた世界で普及させた取り組みは、道半ばで挫折をした。

 シリコン系太陽光電池の発電効率は29%
 増えてくる人口比に対して、147,244,000km²の地球の大陸面積を使えば、賄えることを予定していたが、そう甘くはなかった。
 陸地の中でも、設置に向いている場所、不向きの場所があった。山間部が多く、インフラが整っていないアフリカ大陸では、普及が進まず、南米大陸でもアマゾンに代表される森林が多いため、普及が進まなかった。

 先進国に名を連ねる諸国はどうかというと、比較的、気象条件も良く、農地にも向いている土地を手放したくなかったのか、自国民だけではなく、全地球市民の為の太陽光パネルの設置には、積極的ではなかった。

 食料が食べられなくては、エネルギーがあっても、元も子もない。
 そんなことを言う、ポピュリストに国際機関は負け、計画を諦めた。

 水素発電はというと、昨年起きた、事故を契機に落ち目が見え始めている。

 天然ガスはというと、エネルギー価格の上昇により、今やリッチな国だけが使う資源になってしまった。


 途上国の解決手段はというと、
 そこらじゅうに立っているアンテナで宇宙から伝送されるマイクロ波で充電を行う方式になった。

 直接、太陽光を受ける衛星を用いて、マイクロ波を地球に向けて伝送し、地球に設置された基地局で充電を行う方式だ。
 この方式のおかげで途上国は、エネルギー問題に終止符を打つことができた。
 と同時に、衛星が放つ赤い光が夜空を埋め尽くしたことを忘れてはいけない。

 車窓の外は、久しぶりに明るい星が見える景色が広がっていた。

 地球の神秘は偉大だと、僕はしみじみ感じる。


 ルネサンス期の自然科学の万能的な先覚者であるレオナルド・ダ・ヴィンチがもし、この光景を目にしたら、きっと、こういうのではないだろうか。

「人間は、絶妙なバランス感覚の上に文明を築いていた」

 途上国の上にとどまり続ける静止衛星は、やがて、その直下にいる国民たちに、ある災害をもたらした。

 最初は、だれも気づかなかった。
 しかし、夜になると増え続けるその事件の推移に自然と、世界が注目しだした。

 こうして、いつも気づいた頃には手遅れになるのだ。

 僕の国でも、発症する人は次第に増え続け、認知されていった。

 それは、感染症といった類ではなく、極度の精神疾患

 まさに、絶妙なバランス感覚の上に人間の感情が保たれていることを証明していた。

 誰もが、その因子は持ち合わせていた、殺人因子|α《アルファ》。
 人々はその因子によって、唐突に殺人衝動に駆られることが分かっている。

 人間という生物は、難しい生き物である。
 2020年代に世間が自覚したように、人間は孤独になると鬱病を発症し、集団になると、人間関係に悩み始める。

 リラックスをしに、田舎に帰ったかと思えば、忙しくないと、人は何もしていないと思い、不安感に駆られる。

人々は、感情が傾くことを恐れている。

この列車に登場するために訪れた街でも、自然な線引きが行われていた。

「いらっしゃいませ」
と笑顔で、応対してくれるウェイトレスも、必要な部分以外は笑顔を消していた。
もちろん、食事を提供してくれる時、目が合うタイミングは顔は笑っていたが、食事の場を去るタイミングで、すぐに表情をフラットに戻していた。

「どうぞ」
と、店のビラを配るビラ配りもそうだ。
笑顔で語りかけるのは一瞬、相手の手元にビラが渡った瞬間、この人も表情をフラットに戻す。

「めんどくせえ」
道路工事の作業員も、そうつぶやきながら、手持ちの道路を舗装する工具タンピングランマーを、ガツガツと鳴らし始める。
その工具音に身を任せたときの表情はまさにフラット。無表情で、道路舗装を続ける。

最近では、醜い自分を見て、感情が落ちないように、ひたすら健康器具を握っている人たちもいる。

こんな無宗教化した時代にも、再び盛り返したのが、懺悔を規則とする宗教だ。

今の時代は、心のモヤモヤが人生の浮き沈みも決める。

人々は無宗教と語りつつ、懺悔という行為も、科学的信条の上に論理的帰結の上に行う行為になっている。

ほんとに、変わってしまったな。
そうつぶやいたとき、前方の方の席で、滅多に聞かない叫び声が聞こえた。

狂想曲のような、自由なコード進行と、ループする転調。聞きなれない不協和音が耳を不快に刺激をする。

「誰が曲を流しているの??誰か止めて。今すぐにぃいいいい!」
車内に婦人の発狂した声が響き渡る。

周囲を見渡すと、立ち上がるものは一人もいない。
乗客の殆どが、自分の好みのヘッドホンを装着し、自分の世界に没頭している。
ドタドタと、騒音が鳴って、気づいたフリをした頃には、もう一度、目を背けていることが分かった。

僕は、この状況を止めるために、立ち上がり、声が聞こえる車両に移動した。


婦人は、狂想曲に耳を傾けるのを嫌がり、両手で耳をふさいで、車両の奥で縮こまっていた。

その怯えた表情を確認したあと、僕は、発生源を止めに、座席の上で爆音でなっているスピーカーを探した。

「大丈夫ですか?」
僕が向かう方向とは逆方向に走り、婦人の体調を確認する女性の姿と目が合い、お互いの役割を確認すると、僕はすぐさま、列車の窓を開けて、その爆音が流れるスピーカーを外に投げ捨てた。

「ありがとうございます」
その時、婦人の面倒を見ていた女性は、僕にお礼を言うと、婦人の精神安定状態を目につけているコンタクトレンズ型の感情測定器で確認し、無事を確かめているようだった。

僕も一応、身につけている同様の感情測定器で、婦人がレッドゾーンに落ちていないことを確認し、自分の座席に戻った。

しばらく、座席でゆっくりくつろぎ直した頃に、列車が停車し、僕のもとに黒い制服を着た車掌さんが聞き取りに来た。

「ご対応ありがとうございます。先程、ご婦人の悲鳴が聞こえたのですが、運転中で対応できず、代わりにご対応いただきありがとうございました。」
そう言い、車掌さんは深々と礼をした。

「言い訳と言っては、大変申し訳無いのですが、この列車は、北部の街に向かうための従業員にとっては、大変不人気の寝台列車になりますので、サポート体制に限界があります。また、このような事態が起きても、対応することが難しいと思いますので、その点はご了承ください。」
車掌さんは申し訳無さそうに、帽子を外して、謝意を表明する。

僕は、毎回おなじように、乗客に説明をしているのだろうと、薄々感づきながらも、軽く会釈をした。

「しばらく、停車し、リラックスタイムを設けますので、少し夜は寒いですが、きれいな星々を見て、心を休めてください。では」
車掌はそう言うと、自分の持ち場へ戻っていった。

車内放送では、先程話した内容が、同じように流れ、人々の動きに気がついた人々は、流されるように、車両の外に出ていった。

僕も、久しぶりの騒動を目にして、疲れたのか、車両の外に出たくなり、厚めのコートを羽織ると、意気揚々と星々を見るために、外の世界へ踏み出した。

 


地元でも見ることのない環境破壊で荒廃した砂漠地帯は、普段は褐色を帯びたサラサラな土になっているはずが、月明かりに反射して、青白い地平を築いていた。

神秘的だな。
ぼくは、ボソっとつぶやく。

しかし、北部へと赴くためのこの列車は、どんどん寒い地域に向かっているせいか、やはり、気温はとても低く感じた。

自分の吐息が温かい。
吐息がもくもくと逃げないように、両手で口元を抑える。

僕は、しばらく深呼吸をしていると、パチパチと音をたてたのが分かった。

少し、車両から離れたところに、車掌さんが、ドラム缶に木材を投げ入れ、焚き火を始めていた。

車掌さんは言う
「今は、焚き火も本来は厳禁なのですが、精神状態を緩和するための焚き火は認められています。みなさんいつもは、音源でしか聞いたことはないと思いますが、この寒い環境での火の温もりと、火の弾ける音は落ち着きますので、ぜひ、近くによってリラックスしてください。」

車掌さんは、静かな空間の中で、そう、外に出た乗客に語りかけると、あちこちドラム缶を設置して回った。

僕も、ぜひ体験してみようと、設置したドラム缶の近くに行くことにした。


生で見る炎の揺らぎは、なんとも感慨深いものであった。
揺らぎとともに自分の心を落ち着かせてくれることが、直感として理解できる。
太陽が生命の源として、燃え続けているように、僕らのそばで燃え続けている炎は、落ち着きとともに、活力を与えてくれるようだった。
「温かいですね」

横から、女性の声がする。
暖かそうな帽子をかぶった彼女は、そっと呟く。

僕が気づいて、そちらに目を向けると、炎のオレンジ色に照らされた彼女の表情が確認できた。
そこで、僕はふと、先程の光景を思い浮かべる。

婦人が奇声を上げたときに、音源を特定する僕の代わりに婦人の面倒を見てくれた女性だった。

「あ、さっきの」
僕が、そう声をかけると、彼女は嬉しそうにニコっと笑った。

「となり良いですか?」
彼女の問いかけに、僕が返事をすると、彼女は、僕が座っている丸太の上に腰を掛けた。

「さっきは、ありがとうございました」
僕は、先手を打つように彼女にお礼を言う。

「あ、いえいえ、困っている方がいたらお互い様なので。そんなお礼なんて」
彼女は、そう言い、軽い会釈をする。

しばしば沈黙が流れ、彼女は夜空を見上げる。
「綺麗ですね」

「ええ、都会では見なくなりましたもんね」
僕は、応対する。
「自由で、神秘的で静かな夜。なんだかロマンチックですね」
彼女は、ふふっと笑う。

僕は、その表情に気を食らいそうになったが、思い留める。

感情の動きが、健康に害を為すと、言われて数年。
人類は皆、感情を動かさないように努めてきた。

そして、彼女の胸元に目をやると、僕はなるほどと納得した。

彼女は協会の証であるペンダントを前にぶら下げていた。

「どうして、この列車に?」
彼女は、僕に質問をする。

「紛争地帯の医療従事に行く予定なんです」
僕がそう答えると、彼女はハッとしたように、ペンダントを握り反応した。
「無事を祈っています」

平和を愛する者と、紛争を支援しに行く者、この相反する立場のモノ同士が、理解し合った瞬間だった。

人類は今世紀で戦争行為を撲滅することに成功し、残すは最後の紛争だけとなった。
僕がその最後の紛争に向かっているのだと、直接的な言葉を話さずに彼女は理解した。

「あなたは、どんな用事でこの列車に?」
僕は、聞かれたついでに彼女に同じ質問を投げかける。

「途中駅に、私の家族がいるので会いに行く予定なんです。年齢が近い、弟がいて、その。すこし体調が悪いと聞いて、様子を見に伺う予定です。」

「そうなんですね」
僕は、応対しつつ、最近流行りの病に思考を広げた。

紛争地帯周辺で流行っている病。
まだ、原因が不明だと聞く。

できるだけ情報を集めてから、紛争地帯に向かおうと思っていたので、続けて、病症を彼女から聞こうとしたが、言葉を遮られた。

「あの、お名前は?」
え、突然の質問に僕は戸惑う。

「マサトです」
僕は彼女の質問に答え、同じように聞き返す。

「ミサです。よろしくお願いします」
彼女はそう言うと、改めて会釈する。

「マサトさん。そういえば、昼間の狂想曲。原因は何だったんですか?」

「スピーカーから、流れていました。止め方もわからなかったので、外に捨てましたが。誰が仕掛けたのかは分かりません。」

「外ですか。大胆ですね」
ミサはふふっと笑い、口元を抑える。

「気持ちもわかります。私の住んでいた街でも、ときどき、衝動的になる人がいるんです。私は、もし、気持ちが揺らいだら、懺悔でとどめていますが、でも抑圧的な雰囲気はときに、人をオカシクします。この列車も1日1駅間隔で7日間、走り続ける列車ですし、うまく気分転換が必要な気がします。」

「たしかにそうですね」
僕は、素直に同意する。

車窓の外は、大きく変化をせず、何もない景色が続く。
ヘッドホンからは、同じ音楽が次第にループする。
座席の席順は変化は起きず、変化のない日々が続く。

変わるのは、一日一回の下車駅の町並みの風景。
そこで、停車中にリラックスタイムを送り、買い物を楽しみ、乗車中に買ったものを楽しむことになる。

それは、退屈になると思い、返事をする。
「大丈夫ですよ。これから、旅も長いのですし、なにかあればいつでも、頼ってください。」
僕は、そうミサさんに言うと、ミサさんは嬉しそうに反応した。

「旅は道連れ世は情けと言いますもんね」

「ええ、せめて、せめて、紛争地帯につくまでは何もハプニングがないままでいたいです」
僕は、自虐を交えてそう答えると、ミサさんはくすっと笑い、そうですねと言った。

車掌さんの移動を再開する合図が聞こえる。

僕も彼女もそれを理解し、お互い「じゃあ。また」と別れを告げて、それぞれの席へと向かった。


僕は、席に座り、先程のことを思い返して目を瞑る。
周囲は、すでに消灯していて、窓に備え付けてあるカーテンも引かれ、睡眠モードだった。
長い旅路になるが、憂鬱な旅路が少し、楽しくなりそうだ。

無線のイヤホンを耳につけ、適切な環境音で自分を睡眠へと誘導する。

 


しかし、僕の抱いた密かに抱いた期待は安々と裏切られ、翌朝、アラームと共に目が冷めた。

その聞き慣れない耳から流れるアラーム音と、目を開いたときの拡張現実のアラートが、その様相を物語っていた。
コンタクトレンズは瞳の涙から糖分を抽出し、駆動源とするので、朝も問題なく駆動する。
少し、目がゴロゴロする感覚に感情が揺さぶられながらも、起きている自体を目に映る拡張現実の感情センサー周辺測定結果で理解する。
額からは、冷や汗が流れ、思わず、測定結果を無意識に発した。


”感情”が傾いた。

ゲーム作ってみたい【随時更新予定】

自作ゲームに関する情報集め

tech-camp.in

 

ゲームって何??どんな種類がある??

tatsuya-koyama.com

 

note.com

github.com

ゲームの簡単な企画

  • 初見のほうが面白いゲーム
    • グラフィックアドベンチャー(脱出ゲームなど)
    • ホラー
    • ミステリー
  • ストーリー性が必要なゲーム
  • ビジュアルが重要ではないゲーム
    • あまり無いかも
  • 配信で使いやすい長さのゲーム
    • 1〜2時間程度
  • 最後までプレイしたくなるゲーム
    • ストーリー性のあるゲーム
    • 世界観のあるゲーム
  • 配信者と視聴者が一緒に楽しめるゲーム
    • レスポンスが返ってくる
    • 選択肢がある
  • 素材集めが簡単なゲームツール
  • 製作時間は一ヶ月くらいで収まる範囲
    • ひとり用のゲーム
    • 場面の切り替えが少ないゲーム
    • ミニゲーム
  • グラフィックのスペックを必要としないゲーム
  • まとめ
    • 探索・脱出ゲーム(場面が少ない・一人でできる)
    • 世界観とストーリーは取り入れる(入り口と出口)

ゲームの簡単な仕様書

  • あらすじ
  • プロット
  • キャラクターの数や仕様
  • 必要な画面数
  • 画面ごとの画像やボタンの配置場所
  • ボタンを押したときに発生するイベント
  • 画面ごとに使うBGMや効果音が鳴るタイミング

ゲーム制作ツールを準備する

omoshiro-game.com

www.silversecond.com

lightvn.net

scratch.mit.edu

www.cocos.com

www.unrealengine.com

unity.com

Unityの準備

下記のページに沿って、準備

docs.unity3d.com

 

 

素材を準備する

 

製作開始

テストプレイ