多趣味な読書家の備忘録

読書家です。いろんな事を知りたくて、たくさん本を読んでいます。せっかくなので選書や気になることがあったら情報共有したくて、ブログを開設しました。同じ趣味の方がいらっしゃったら是非、読んでいってください。

拡張の世紀

拡張の世紀。何を拡張してるんだ?疑問に思う人は多いだろう。

 

テクノロジーの歴史を振り返ると、私たちは常に利便性を追求するため、拡張を繰り返してきた。

例えば、電信から始まった通信技術は、距離などモノともせず、通話することで利便性の価値を追求してきた。この例えは、五感で言うと、耳や口に相当する。

他には、火災警報器。これは、鼻にあたる。

目に相当するのは、カメラ。触覚に相当するのは、医療現場でいう力覚フィードバックデバイス。つまり、マスタースレイブにあたる。

ここまでは、五感について話したが、他にも、定住地を広げるため、森林を伐採し、農地を拡張し、海上プラントから、宇宙にまで。私達は常に資源を得るために、領土を拡大してきた。(もちろん、利用可能な資源も増やしてきた。木炭、石炭、石油、原子力、太陽光、自然エネルギーとこのように。)

 

また、移動手段も水牛、馬、鉄道、自動車、船、スペースシャトルに至るまで。

 

ここまで、人類の歩んできた歴史をみると、なんと科学技術の発達の勢いが凄いことか。2度に渡る世界大戦でもその技術力の差は、勝敗を決めてさえもいた。

 

己の命運、自分たちの生活さえ、変える力を持つ科学技術の力は凄まじく思える。

科学技術史上主義?かのように偏重してしまうのも分かる気がする。

 

ただ、一方で、その圧倒的な低コストや、他が追従できないほどの利便性は、人類に対して、画一化を勧めてきたと言っても差し支えはないだろう。

 

現に、皆、知らないうちにスマートフォンを握っているではないか?

持たなくても生活はできるのに。

 

この本では、楽観的に今後の拡張世紀について議論をしている。テクノロジーの目的は、高効率化や低コスト化、利便性の追求は、変わらないので、想像し難くない。そのうち、携帯端末を持たなくても、通話が可能になるだろう。体調管理だって身につけたウェアラブルバイスのAIがやってくれる。調理も。服から発電だってできる。スマートシティ化はとことん進み、みんな自給自足でエネルギーを補うようになる。中央集権型から低コストな分散システムへ。なんて言うのは、テクノロジーの行き先として、当然のように思える。

 

人は何もしなくても生活できるようになる。労働から開放される。みたいな究極形が理想だろう。

 

じゃあ、何も心配する必要ないじゃないか。そう、誰もが思うだろう。テクノロジーによる創造が未来をもたらしてくれるのは間違いない。しかし、もう一方でテクノロジーは破壊も生み出す。ここについて、この本で言及できるのは、やっぱり、公平な目でテクノロジーを俯瞰してるからだろう。

 

例えば、18世紀、イギリスの産業革命では、機械工業化が進み、多くの人が簡易な作業の職を失い、農民は、価格競争を強いられ、稼ぎにくくなった。20世紀、情報化が進み、携帯が普及すると、電話交換師は職を失った。

今日では、計算作業や識別作業はAIのほうが得意で、無人工場も出来始めたし、銀行員も大量解雇の時代が来そうだ。

これは、雇用の破壊である。同時に、新たな職業が生まれるのも事実だが。私たちは、自らの生活を守るため、必死に職業を探す。

 

便利になっているはずが、私達はもっと、生きるのに必死になっている。忙しく、競争を迫られている。これには、資本主義という大きな社会システムが背後で動いているから。と答えざる負えない。

 

別に、働かなくても、良い。だが、生活に必要なお金は得られない。これが私たちの人生の成約だ。

 

かの産業革命のように、テクノロジーは格差をも広げる。ITの巨人たちが、たくさんのベンチャー企業を吸収し、次の種を獲得するために、寡占状態になっているのも、残念ながら認めざる負えない。富は、利益を生む場所に集中する。アップルの時価総額や、アメリFRBの利上げの話も久しくはない。これが実情だろう。

 

テクノロジーの中に潜んだ闇。先進国と後進国の貧富の差。お金もエネルギーも、利益も上げる場所に吸い込まれていく。情報社会はもちろん、この動きを加速させるし、世界は似たような話題で笑い出す。

 

テクノロジーは効率化、利便性の求める裏で、格差拡大と画一化を資本主義と手を携えて、推し進めてきた。

 

未来は明るいと思うが、全世界の人にとって明るい世界になるのだろうか。テクノロジーの可能性を信じたい。

拡張の世紀

拡張の世紀